烏山の宮境橋跡に。
まずは、境側。
道の途中で車両は通行止めなので、通行止めのところにクルマを止めて、徒歩で。
地図ではぐるっと回れるようだけど、脇の小道の先は車が通れるわけではないからやむ得ないか・・・。
下りカーブを降りていった先にありました。
こうしてみると、深い切通しですね。
路面の状態もいいし、側溝のふたとかも健在で、廃止からそれほど年数がたってないように見えます。
宮原側
なんか、車両通行止めとなっている境側よりもひどい荒れっぷり。
こっちは現役の道路なのだから、もう少し手を入れてもいいのではと思う。


















らぱんにゃさんのフィールドワークに同行した時、近隣の方に話を伺う機会がありましたが、境側にとっては生命線ですが、宮原側にはあまり思い入れはないんですよね、多分。
谷浅見の富谷橋も烏山側と馬頭側で架橋記念碑のスタイルがずいぶん違っていて興味深いです。
> うすいさん
コメントありがとうございます。
使われていない道にしては状態がいいのは、境側では、定期的に清掃しているのかもしれませんね。
木々に囲まれた所なのに、使われていない道路上に落ち葉がほとんどないというのも不自然ですから。
> サルビアさん
その通りで、最初に写真を撮りに行ったときに、近所のおじさんが、
「ここを散歩している人がいるから」
と落葉を掃いていました。
> らぱんにゃさん
コメントありがとうございます。
散歩している人がいるという所までは良くありますけど、そのために清掃するという人はなかなかいませんね。
それだけ、想いが強いのでしょう。
> らぱんにゃさん
昔はどこの道でも、山でもみんなそうだったんですよね。
年寄りが減ると道も山も荒れてしまうのが最近顕著なので、少しでも地域に愛着を持って保全できるようになるといいのですが。
> うすいさん
『道普請』という言葉、今は廃れてしまったと思っていたら、10日の落葉さらいで出かけた大木須地区で、耳にしました。
林道の道普請。耳が「懐かしい」と言っていました。
> らぱんにゃさん
ウチの実家のほうではまだ普通に使いますが、道普請以上のことをしてましたよね。もちろん、薪や焚き付け(柴)、肥料としての用途があったからだとは思いますが。そういう年寄りにとって「当たり前」であるがゆえにいつの間にか絶え行く物事を何とかして掘り起こして伝えていきたいものです。